2017年10月09日

書店怪談「ご注文の本、届きました。」



10月6日(金)に開催された「秋の怪談ナイト」で披露させていただいた、さどやんの書店怪談やいび~ん。
聴き逃された方、ぜひどーぞ。
※動画は「語り」のみです。

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ご注文の本、届きました。

私の住んでいる街の大型書店は、品揃えが豊富で、大変重宝している。

この日も、目当ての本を探しに立ち寄ったが、残念ながら、書棚にその本は並んでいなかった。
検索機で本のデータを印刷し、棚の整理をしていた若い女性店員に声をかけた。
「この本、注文お願いできますか?」
「か、確認します。少々お待ちください。」
まだ仕事に慣れていないのか、どぎまぎしながらの返答だったが、几帳面そうで好感が持てた。

「お客さま、申し訳ありません。本社にも問い合わせたんですが、入荷まで、ひと月ほど、かかりそうです。いかがいたしましょうか?」
「えー、そんなにかかるんだ。」
思わず、ガッカリの声が出てしまった。

「申し訳ありません。」
女性店員の顔が、みるからに悲しそうな表情に変わった。
「あっ、まぁいいですよ。」
ネットで探し直そうかとも思ったが、せっかくだからと、取り寄せの手続きをした。
「届きしだい、すぐに連絡いたします。申し訳ありません。」
女性店員は、こちらが気後れするぐらいの謝りようだった。

その後も、何度か同じフロアに立ち寄ることがあったが、たまたま、同じ女性店員と出くわしたときに、「お待たせして申し訳ありません。」と、これまた丁寧に頭を下げられたので、少々気まずくなり、しばらく足が遠のいてしまった。

それから、しばらくして注文した本のことも、ぼんやり忘れかけていた頃、奇妙な事が起きた。

朝、目が覚めるとスマホに書店の電話番号からの着信と、留守番電話が入っていた。
着信の時間を見てビックリした。
深夜の三時過ぎである。
留守番電話も聞いてみた。
「…お客さま、ご注文の本、届きました。お受け取りをよろしくお願いします。」

くぐもっていて聞きずらかったが、私の注文を受け付けてくれた女性店員の声だった。

こんな時間まで残業?まさかなぁ。そうだとしても、こんな時間に電話してくるか?
とりあえず、本が届いてるなら受け取りに行くか。

その日の夜、仕事終わりに、本を受け取りに行った。
「電話があったんで、注文の本を受け取りにきました。」
自分の名前と本のタイトルを告げ、男性店員から本を受け取った。
「それにしても、遅い時間まで仕事、大変だね。でも、夜中の三時でも電話することあるの?」
カウンターの男性店員は、何のことか分からないという感じで、私の顔を見つめた。
「夜中の三時に、お店の番号から電話があったんだよ。女の店員さんからの留守電も入ってたよ。」
そういって、スマホを取り出して履歴を見せようとしたが、例の着信履歴と留守電は、いつのまにか消えていた。
「あれっ?」
無いものは見せようがない、お互いに気まずい時間が流れた。
「あっ、いいや。ごめん。なんでもない。」
「あー、はい。」
と男性店員。
場をとりつくろうために、女性店員のことを聞いてみた。
「この、注文受けてくれた店員さんは、今日休み?
小柄でメガネかけてて、髪の長い女の人だけど。」
「あー、休みです。今日、ちょっと連絡がとれなくて。」
男性店員は、余計なことを言ってしまった、という感じで表情を曇らせた。
「あー、そう。お礼言おうかと思って。じゃあ、また来ます。」
なんだかイヤな雰囲気になったので、そそくさとその場を離れた。

翌日、新聞を開くとイベント情報の欄に、書店イベントの告知が載っていた。
「真夜中の怪談トーク」
閉店後の書店内で開催されるとのこと。
普段なかなか見ることのできない書店の様子を体感できるようだ。
さっそく、スマホのカレンダーに予定を入力した。
続いて社会面を見ると、一昨日の深夜に発生した火事の記事が目に入った。
場所は例の書店にもほど近い住宅密集地。
深夜三時ごろに古いアパートから火の手があがり、逃げ遅れた二十代の女性が全身に大やけどを負ったという内容だった。搬送時には意識があったとのことで、命に別状は無いようだ。
あの辺は昔ながらの狭い路地ばかりだから、消防車が近くまで入れなくて、消化作業が間に合わなかったのかなぁ、可哀そうに。

書店イベントの日。
閉店時間となり、店内の照明がイベントコーナーをのぞき、すべて消灯された。
雰囲気たっぷりの店内で、怪談作家、編集者、アナウンサーなど、個性あふれる皆さんの、とっておき怪談トークがくり広げられた。
二時間超の恐ろしくも楽しい時間が過ぎた。
程よい疲労感のあと、今回は、さらに閉店後の店内を通り抜けるお楽しみが控えている。

書店スタッフの懐中電灯による誘導に従い、少人数のグループで真っ暗な店内をゆっくりと進む。
ささやかなスリルを感じつつ、真っ暗な書棚を眺めながら歩いていると、ある書棚の間の通路から、誰かの目線を感じた。

そこに、彼女はいた。
あの日、本の注文をお願いしたときの書棚だった。
同じように、本の整理をしながら、目線は私を見つめていた。
そして、ゆっくりと私に向かって歩いてきた。
いつもの申し訳なさそうな顔が、今日は少し嬉しそうだった。
何か言いたげな表情で、私の前で止まった。
「…お客さま、」
次の瞬間、彼女の全身を真っ赤な炎が包み込んだ。
書棚の本にもあっという間に燃え移り、本が燃えるパチパチ、パチパチという音が静かな店内に鳴り響いた。
みるみるうちに焼けただれていく彼女の顔。口元が何かを伝えていた。
「お客さま…ご注文の本、届きました。」
その声はあの夜届いた、留守番電話のメッセージの声だった。

私は、そのまま気を失い、翌朝、病院のベッドで目をさました。
「お見舞い、行かなきゃ。」
ぼんやりとした意識の中、思わず、そうつぶやいていた。


※この作品はフィクションです。

ゆがふたぼーり
(幸せが訪れますように)
さどやん拝






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